PLAYERS FILE- キズナ繋がれ!みんなの選手名鑑 -

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奥田 啓介

オクダ ケイスケ

大学時代にはレスリングを経験。様々な実績も残す。アントニオ猪木率いるIGFでデビューし、レギュラー参戦。また2018年には世界で一番危険な格闘技と称されるラウェイ等への出場経験もある。同年9月からDDT所属として活動していたが、 2019年5月よりドラゴンゲートを主戦場に。これまでもスポット参戦こそあったが、5・ 2京都よりレギュラー参戦。6・2横須賀においてタッグで対戦した望月とバチバチ やり合い、6・6後楽園でも再び激突してお互いに一歩も引かない喧嘩ファイトを展開した 。試合後には望月に対して「俺はこのドラゴンゲートのリングでトップを取りに来た。テメエみたいな元気なオッサンは目障りなんだよ。俺がフルボッコにしてやる」 と啖呵を切り 、7・4後楽園での一騎打ちが決定する。(2019.06.15update)

現在の所属 DRAGONGATE(プロレス) 生年月日 1991年6月5日
身長 172cm 体重 73kg
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スポーツ歴

DRAGONGATE プロレス

2019年 5月 - 現在

選手

2019年5月よりフリーとしてドラゴンゲートにレギュラー参戦

DDTプロレスリング プロレス

2018年 9月 - 2019年4月

選手

9月23日、かねてからDDTプロレスリングの下部組織のDNAにおいて吉村直己と「ナオミキングダム」を結成して暴れていたことからオファーを受け、DDTに正式に所属した事を後楽園ホール大会の前説にて発表。 2019年4月30日をもってDDTを退団した。

プロレス

2017年 - 2018年

選手

2017年に入るとIGF所属を明言。2月16日、ラウェイ・イン・ジャパン2に参戦し、ジャン・コーにレフェリーストップ負け。    5月21日、中井光義と共にプロレスリングZERO1の後楽園大会に乱入し、ZERO1への参戦を表明。殴り込みの理由として「あんな老人ばっかりのプロレス見てても客は飽きちゃうし。それならオレたちのケンカ見た方が面白いだろ?オレたちが面白くしてやるんだよ」と参戦するZERO1をこき下ろす発言を行った。22日の後楽園大会で中井が対戦するクリス・オンドーフについても「大体誰なんだよ。ユドーフだかオンドーフだかなんだか知らねーけど」と言いたい放題であった。その22日の試合ではオンドーフをつかまえる展開が続き、最後はPKで沈めて3カウントを奪い、高岩竜一とオンドーフのコンビを破ってZERO1初白星。試合後もダウンしたオンドーフを足蹴にするなど2人はやりたい放題で、奥田は「おい、なんだこれ、加齢臭がすんだよ、この会場は。ハゲたやつばっかりじゃねえか!大谷連れてこい、大谷!」などとNGワードを連発。    7月31日の後楽園大会では鈴木秀樹をパートナーにするも、大谷晋二郎と高岩竜一のタッグに玉砕。この試合後に高岩が奥田に肩を貸して退場し、タッグ結成の意思を表示。高岩は自身がフリーであったころ、IGFの道場で練習していた奥田が「小せえいかつい野郎がいるな」と印象に残ったようであり、NEWが凍結したため何か手を差し伸べたくなって奥田と一緒にやろうと言ったという。8月31日後楽園ホールで開催された『ZERO1 ドリームシリーズ 真夏の後楽園決戦!』にて王者、日高郁人、菅原拓也組と対戦。高岩がダイビングエルボーでカウント2まで菅原を攻め立て、奥田がジャーマンスープレックスで日高から2カウントを取るなど途中まで攻勢であり、その後、エルボー合戦、張り手の打ち合いになったが、10分が経過し、高岩が菅原のトペ・スイシーダを受け、場外で菅原につかまる。リング上では奥田が日高に張り手の連打で追い詰めるが、12分19秒、野良犬ハイキックをくらい、3カウント。ベルト奪取には至らなかった。    2018年9月17日、舞浜アンフィシアターで行われた巌流島主催「全日本武術選手権 2018 in MAIHAMA」において空道、修斗選手などを含むトーナメントをプロレス代表として勝ち抜き優勝。「優勝したのは当たり前。最初から分かっていたことだ。プロレスラーは何でも出来る、一番強い、それを証明しただけ」のコメントを残した。

フリーランス プロレス

2014年 - 2016年

選手

2014年4月26日、DDT主催のハードヒットに参戦し、大日本プロレスの神谷ヒデヨシと対戦。この時に所属表記がフリーランスとなる(IGFには継続参戦)。    8月には柳京・鄭周永体育館にて行われたIGF北朝鮮興行に参加。 2015年5月から約4週間、メキシコに遠征。ウルティモ・ドラゴン主催の「ドラゴマニア10周年大会」(アレナ・メヒコ)にも出場した。    2015年11月7日、神奈川・横浜ラジアントホールでのハードヒットに参戦。佐藤光留に敗れた。    11月16日、VKFプロレス新木場大会に乱入参戦。花鳥風月の松本崇寿に因縁を吹きかけた。12月14日大会でのシングルマッチが一度は発表されたが、6人タッグに変更となる。    12月31日のINOKI BOM-BA-YE 2015で総合格闘技デビュー。3月6日、総合第2戦を新宿フェイス・Fighting NEXUS vol.5にて行う。    2016年5月に全日本プロレスに初参戦。7月2日、名古屋で行われる川村亮デビュー10周年記念興行「川村SOUL」において、中島洋平&青柳優馬組と対戦(パートナーは石田慎也)。    10月2日、金村キンタロー&黒田哲広組の保持するWEWタッグ選手権に橋本友彦と挑戦し勝利、初戴冠。

レスリング

2010年 4月 - 2013年

選手

拓殖大学に進むと、レスリング部監督であった須藤元気の薦めからプロ活動を自粛。全日本学生選手権グレコローマン84kg級で準優勝、2012年世界大学選手権で9位の結果を残す。大学4年となった2013年の大晦日、IGF「INOKI BOM-BA-YE 2013」のマイク・ジョー戦で再度プロデビュー。大学卒業後は薬品会社に就職するが、わずか1か月で退職。再びプロレスラーの道を歩み始めた。

レスリング

2007年 - 2009年

選手

朝明高校在学時にIGFが定アキラのデビュー戦相手を募集していたことから応募。当初は相手にされなかったが、一週間電話をかけ続け、担当者を折れさせ、そのまま定アキラを相手に2009年11月3日、IGF「GENOME10」(東京・JCBホール)でプロデビュー。デビュー戦は10分、時間切れ引き分け。    2年時の2008年には国民体育大会74kg級で銅メダル。3年時の2009年全国高校生グレコローマンスタイルレスリング選手権大会84kg級で銅メダルを獲得した。

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