TEAMS FILE- キズナ繋がれ!みんなのチーム名鑑 -

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3 近藤健介

コンドウ ケンスケ

外野手

スポーツ歴

福岡ソフトバンクホークス 野球

2023年 - 現在

外野手

<タイトル>
・本塁打王:1回(2023年)
・打点王:1回(2023年)
・最高出塁率:(2023年)

 

<表彰>
・ベストナイン:1/4回
・外野手部門:1回(2023年)
・ゴールデングラブ賞:1回(外野手部門:2023年)
・セ・パ交流戦 日本生命賞:1回(2023年)
・オールスターゲーム敢闘選手賞:1回(2023年第1戦)
・月間MVP:1回(野手部門:2023年8月)

 

<その他の記録>
・オールスターゲーム出場:1/3回(2023年)

 

2022年12月12日、福岡ソフトバンクホークスへ移籍することが発表された。背番号は3。12月14日に入団会見を行い、会見の中で7年総額50億円といった契約条件を報じられていたものの、近藤は「ギータさんより貰っているわけないんで。ギータさんより高い、は絶対にないです」と語った。GMの三笠杉彦は入団条件の年俸について問われると、「我々から契約内容についてお答えすることはございませんので、回答を差し控えたいと思います」と明言を避けた。

2023年シーズン前半は2、3番での出場がメインだったが、4月は月間打率.256、5月は.235と低迷。交流戦で12球団トップの打率.413、出塁率.519をマークし、パ・リーグの優秀選手に選ばれた。6月.342、7月.343と打撃成績が向上し、後半からは柳田に代わり4番に定着。8月は打率.365、7本塁打も放ち、リーグトップタイの19打点をマークし、月間MVPを受賞した。繋ぎのバッティングが目立っていたファイターズ時代とうって変わり、長打狙いのスタイルへと変わったことで本塁打を量産し、自身最多となる26本塁打及び87打点を記録、打率は.303で首位打者の頓宮裕真(オリックス)に及ばず4厘差で逃したものの、パリーグで打率3割を超えたのは頓宮と近藤の2人のみ。パリーグで初の打撃主要三大タイトルとなる最多本塁打と最多打点の二冠を獲得し、併せて3シーズンぶり3度目の最高出塁率タイトルも獲得したほか、二塁打、得点、四球数、長打率、OPS、得点圏打率がリーグ首位、安打数と塁打では柳田悠岐に次ぐリーグ2位と全般的に最高水準の成績を残した。移籍初年度の主要2冠獲得は、2017年アルフレド・デスパイネ以来6年ぶり6人目、日本出身者では1950年小鶴誠(松竹ロビンス)・別当薫(毎日オリオンズ)以来73年ぶり4人目。またプロ12年目にして自身初の143試合全試合出場も果たした。得点圏打率はリーグトップの.373。左翼で99試合、中堅で4試合にスタメン出場して失策はわずか1、補殺は柳田らとともにリーグトップの7を記録した。ゴールデングラブ賞を初受賞し、ベストナインは外野手での選出で4度目(外野手2回、指名打者2回)の受賞になった。シーズンオフには推定5億5000万円+出来高払いと報じられている。

北海道日本ハムファイターズ 野球

2012年 - 2022年

<タイトル>
・最高出塁率:2回(2019年、2020年)

 

<表彰>
・ベストナイン:3/4回
・指名打者部門:2回(2018年、2021年)
・外野手部門:1回(2020年)
・月間MVP:1/2回(野手部門:2021年10・11月)
・月間サヨナラ賞:1回(2022年8月)

 

<記録>
【初記録】
・初出場:2012年7月4日、対オリックス・バファローズ11回戦(京セラドーム大阪)、6回表に鶴岡慎也の代打で出場
・初打席:同上、6回表に西勇輝から左飛
・初先発出場:2012年7月13日、対東北楽天ゴールデンイーグルス10回戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)、8番・捕手で先発出場
・初安打:2012年7月27日、対オリックス・バファローズ13回戦(京セラドーム大阪)、6回表に寺原隼人から左前安打
・初打点:2012年8月22日、対オリックス・バファローズ17回戦(旭川スタルヒン球場)、6回裏にミンチェから二塁ゴロの間に記録
・初盗塁:2013年9月4日、対福岡ソフトバンクホークス18回戦(東京ドーム)、7回裏に二盗(投手:山中浩史、捕手:山崎勝己)
・初本塁打:2014年5月16日、対千葉ロッテマリーンズ7回戦(札幌ドーム)、1回裏に成瀬善久から右越2ラン

 

【節目の記録】
・1000安打:2022年9月10日、対埼玉西武ライオンズ22回戦(ベルーナドーム)、1回表に松本航から右前安打 ※史上314人目
・1000試合出場:2022年9月11日、対埼玉西武ライオンズ23回戦(ベルーナドーム)、3番・左翼手で先発出場 ※史上517人目

 

【その他の記録】
・高卒新人記録
・捕手として出場 ※球団史上3人目
・捕手として先発出場 ※同3人目
・20歳9か月で満塁本塁打:2014年5月29日、対東京ヤクルトスワローズ2回戦(明治神宮野球場)、3回表に木谷良平から ※球団史上最年少
・打率.413:2017年 ※シーズン打席数が100打席以上の選手では歴代最高
・40試合連続出塁:2019年4月24日 – 6月11日 ※球団史上4人目
・1試合4二塁打:2020年10月15日、対埼玉西武ライオンズ21回戦(札幌ドーム) ※史上最多タイ、史上13人目
・オールスターゲーム出場:2/3回(2018年、2019年) ※2017年は選手間投票で選出されるも出場辞退。2021年は選手間投票で選出されるも欠場。

 

<背番号>
・54(2012年 – 2015年)
・8(2016年 – 2022年)

横浜高等学校硬式野球部 野球

2009年 - 2011年

内野手

同期生には乙坂智などがいた。同校でコーチを務める小倉清一郎(入部1年目は部長)は後に、「私が勧誘したわけではなく、近藤の方から『横浜高校に入りたい』と売り込んできた。総合力で横浜高校歴代捕手でも3本の指に入る」と評価している。入部当初は遊撃手としてレギュラーを確保。主将だった筒香嘉智の下で、夏の全国高等学校野球選手権神奈川大会に出場すると、1年生ながら打率.438を記録した。チームが準々決勝で横浜隼人高等学校に僅差で敗れると、秋からは肩の強さを買われ捕手へ転向した。

2年時(2010年)は、夏の選手権神奈川大会決勝で東海大相模に敗退。2年秋から3年春の第83回選抜高等学校野球大会まで主将を務めた。選抜大会で初戦敗退を喫してからは、当時監督だった渡辺元智の判断で主将の座を乙坂に譲りながらも、副主将として乙坂を支えた。

3年時(2011年)は、夏の選手権神奈川県大会の直前に右足首の靭帯を痛めた影響で打撃不振に陥ったが、桐光学園高校との決勝戦では、試合を決める一打を放ってチームを全国大会出場へ導いた。さらに、全国大会の終了後には第9回AAAアジア野球選手権大会日本代表に選出。相手走者の盗塁を阻止するなどの強肩でチームの優勝に貢献したほか、自身も捕手としてオールスターチーム(ベストナイン)に選ばれた。高校時代には、対外試合で通算38本の本塁打を放った。

2011年10月27日に行われたドラフト会議では、北海道日本ハムファイターズから捕手として4位指名を受け、契約金3000万円、年俸500万円(金額は推定)の条件で入団した。背番号は54。

野球

2006年 - 2008年

修徳中学校野球部

2年時には「1番・遊撃手」として第29回全国中学校軟式野球大会へ出場(初戦敗退)するとともに、捕手としてマスクを被った。3年生のKボール全国大会(第3回KB全国中学生秋季野球大会)では、ロッテジュニアで4番打者・主将・捕手の3役を兼ねながら、チームを準決勝進出に導いた。

千葉ロッテマリーンズジュニアチーム 野球

2005年 - 2005年

第1回NPB12球団ジュニアトーナメントで髙山俊、船越涼太らと共に準優勝を経験した。

泉谷メッツ 野球

○○年 - 2005年

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